掛け蕎麦が旨い店こそ、最高の蕎麦屋。

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つい、おカネの話になって関西人の品位が疑われて、同郷の皆さまには申し訳ないが、この掛け蕎麦(吟)は一杯で1000円もする。

1989年頃に流行った栗何某の著作の如く、親子三人で分けても、一人当たり333円。すでに富士そばや阪急そばより高い。故に涙を誘うことなどありはしない。

果たして、旨くなければ困る値付けなんだが、旨いから困らないし、それどころか、幸せな気持ちになる。そんな蕎麦がここ「菊谷」にはある。

 

まあ、そもそも蕎麦なんぞに現を抜かすなんてのは、なんかダサいと思っている。

 

どこぞで必死になってテキストを読み込んでお勉強した末、グランヴァンを絶賛してるのと同じ気がして、鼻につくし、田舎臭いように思っている。「メドックの南向きの畑の良年の葡萄で、テロワールの特徴が溢れ出た」ワインなんて謳い文句にヤられてるより、本当に自分が美味しいと感じるほうが重要だ。そんな方には、くれぐれも青魚に合わせて口の中が三角コーナーにならないことを祈る。

 

要は、自分の五感ではなく、他人の五感やインフォメーションのほうが優勢で、結局、自分に自信がないことを証明しているように感じるからだと勝手に思っている。まあ、そのあたりはグランヴァンでなくても、ヴァンナチュール(※リンクを参照)でも同じだけどね。

 

さて、蕎麦の話である。

蕎麦もこの20年くらいだろうか、あまりにもスペックに溢れている。蕎麦の実の産地から配合、つゆのウンチク。店内にはジャズが流れ、世捨て人のような風貌の主人が、本来の「拘泥」という言葉の意味を知ってか知らずか「こだわり」を謳う。

 

そんな恥ずかしい世界観に溢れているから、蕎麦のことはグダグダ言いたくない。

でも、ここ「菊谷」の蕎麦は、まあたまにはグダグダ言ってもいいんじゃないかな?という気分にさせるものだ。

 

ことは、ある知り合いが、いま東京で一番好きな蕎麦屋だと語ったことにはじまる。その人がそれほどまでに言うならと、ある暇な休日にチビと二人で巣鴨くんだりまで足を伸ばした。

「季節にかかわらず、蕎麦はせいろに限る」と考えていた僕は、品書きの中から、三つの産地の食べ比べが出来ると説明のあるせいろを見つけ、それを選んだ。チビは「掛け蕎麦」がいいという。彼女が温かい蕎麦を食べるのは珍しいが、まあガキだから「あまちゃん」やのう、と思ったものである。

 

あまちゃん」は僕だった。

 

産地ごとに食べ比べの出来る、そのせいろは素晴らしいもので、まさにテロワールの特徴がわかりやすいものだった。そして、僕が食べ終わったとき、彼女はもうお腹いっぱいだったらしく、その掛け蕎麦を残そうとしていた。

食い意地を張り続けて四十余年の僕がそれをそのままにする訳もなく、彼女の眼前にある丼鉢を奪い取った。

 

ひと口蕎麦をすすった時の衝撃は忘れない。最高の状態で、産地の特徴がわかりやすく出るように茹で上げられた、僕のいただいたそのせいろより、さらにうわ手だった。

ドーピングでもしているのかと思うほど、蕎麦の鮮烈な香りが巨大な一群となって襲ってきた。蕎麦の実が育った畑の水や空気すら感じた。そして、甘噛みした蕎麦から漏れ出ずる甘みの奥の清々しさ(左京大夫顕輔風ww)。ダシが弱い訳ではない。むしろ、しっかりと鰹が効いている。 関西の蕎麦で時々感じる甘みのようなものはない。鰹節の硬度や使用部位までもがヴィジュアライズ出来ているような錯覚に陥らせるほどで、旨味、香りが凝縮され、さらに蕎麦に負けないよう、少し酸味を感じさせるバランスの取れた仕上がりとなっている。

蕎麦にはちゃんとコシがあり、十割ではないということが理屈でわかりそうなものだが、あまりにも鮮烈な香りは十二割くらい、と思うほどだった。

 

蕎麦にも汁にも立体感があるとでも言えばいいのだろうか。。。

 

そこに至るまでの主人の努力が走馬灯のように駆け巡る。蕎麦の実を選び、臼でひくまでは、多くの蕎麦屋が等しく努力しているのだろうが、そこからのスピードが違うのかもしれない。いかに素早く生地にし、切り、茹でているのか。あるいは、何か違う要素があるのかもしれない。

ただ、その衝撃がいろんなことを想像させてくれるのは事実だ。

 

もはや、妄想蕎麦と名付けたい。

妄想力に欠け、平凡なクリエイティブが溢れる(そもそも、それをクリエイティブというべきではないだろうが…)今の日本に、妄想することの愉しさを教えてくれる蕎麦。チュートリアルの漫才のようだというと、興醒めですか?

 

菊谷

住所 東京都豊島区巣鴨4-14-15

URL http://www17.ocn.ne.jp/~sobakiku/

電話番号 03-3918-3462

営業時間 12:00~15:00(LO14:30) 18:30~21:00(LO20:30)

定休日   火曜日(※但し、祝日や「4」のつく日は営業し、翌週の月曜は振替休業の場合あり

※4月から定休日を火曜日から月曜日(4の日は営業、翌火曜日へ振替(祝日もお休み))へ変更。

 

(2014/3/4 現在)