紹介者なしでは入れないのに、予約半年以上待ちの焼肉。

f:id:da121gami:20140307124251j:plain

 

はじめてこの路地を入ったのは、もう15年以上も前のことか。

本当に緊張したことを今も鮮明に憶えている。

 

ここは、いつからか紹介者がいないと入れなくなった超人気の焼肉店。

 

厳密に言うと、カルビだのロースだのという焼肉ではなく、ハラミやツラミなどホルモンだけの店。

 

たまたま噂を耳にし、なんとか見つけた店だ。

 

当時はインターネットも普及しておらず、食べログなんて、影も形もない時代。

 

信頼できるブレーンと足で稼いだ情報。フィールドワークがすべてだった。毎日がフィールドワークだったと言ってもいいだろう。20代のすべての時間と稼ぎは、Meets Regionalという雑誌を作るためだったんじゃないかと思う。

 

店への思い入れの深さは、今のように一足飛びで美味しい上澄みを漁れば終わりという時代とはまるで違う。出逢った店すべてが本当に大切な宝物だと思っているし、そこで出逢ったすべての人たちが今の僕を作ってくれたと思っている。今もいろんな店の方々とお付き合いさせていただいているのは、皆さん、あの頃の僕の本気をご存じだからではないのかなと思う。

 

そして、そうやって辿りついた店の中でも特に思い入れの強い一軒がここだ。

 

出会いは強烈だった。ある程度は所在地の目安はつけたものの、辿り着くには心許なく、界隈の路地から路地を自転車で探し回った。

ようやく見つけたその店は、営業中なのにサインも灯していない。けれど、店の中に客がいるのはわかる。勇気を持ってその店の引き戸を開くと、ギョロッとした目で睨みつける主人の姿があった。

 

いきなり「誰の紹介で来たんやっ?」と怒鳴られ、誰の紹介でもないというと、「ほなあかん、帰れ!」と叱られた。しかし当時はまだ、まったく予約が取れない店というわけでもなく、その日も席が二人分空いていた。そばにいた常連さんが「入れたりぃや」と助け舟を出してくれ、ようやく入店がかなった。

 

千載一遇のチャンスである。その日あったメニューを生、塩、タレとすべていただいた。すでに焼肉ムックを編集していたくらいだから、いろんな焼肉店に足を運んでいたし、20代半ばの編集者としては肉に対して相当な知識量があったんではないかと思っていた。

 

でも、そこにあったのは今まで辿りついたことのない肉だった。新鮮な魚でも食べているのかと思うほど獣くささがなく、美しい脂があり、じんわりと旨みがあった。食べても食べても食べ疲れしない。果てしなく食べ続けたいと思うものだった。10代で四国から大阪にやってきて、屠畜に携わり、74年に30歳で店を開いた彼には、誰も追いつけないほどの肉を見る目、審美眼があるのだろう。

 

食べ進むうちに彼の態度が変わっているのを感じた。真剣に肉に向かう彼は肉を粗末に扱うことをもっとも嫌う。そして、せっかくのチャンスを得た僕は肉に真剣に向かい合い、最高の状態に焼き上げるべく集中した。そんな僕の姿に彼は何か心が通じ合うものをみてくれたのだろう。

 

でも、それは単なるちょっと肉が好きなだけの客であり、雑誌に掲載するのを目的とする僕の仕事はそこでは終われない。強烈に印象づけ、信頼関係を構築できなくてはならない。その日を含め3日連続で通い続けた。そして、ドライエイジングした肉について、焼き方について、あらゆることを教えていただいた。やがて、条件はついたものの、幾度かの雑誌掲載が叶い、モザイクだらけだったけどテレビでも紹介させてもらった。

 

本来誰にも教えたくないような大切な店だったが、それでも僕の仕事は誰かに伝えること。アンビバレントだなと思いながら、仕事を選んだ。やがて、簡単には予約が出来ない店になり、昨日予約帳を見ると、来年の12月まで書き込まれていた。7月までは予約が埋まっているようだ。

 

ものすごく遠くに行ってしまったような寂しさと、その分多くの人がこの店で味わう喜びを感じる。

 

ここまで強く想いを寄せる店が今後現れるだろうか?

 

そうあって欲しいと思うし、出逢えない気もしている。

 

 

f:id:da121gami:20140307124339j:plain

政ちゃん

住所その他のデータ不詳。(実は某グルメサイトに掲載されているが、紹介制であり、私が最初に訪れた頃のように、席が空いている日は一日もないので、どなたか、知っている人を探すことをおすすめします。)